市立柏高校に入学して数日後、
吹奏楽部への入部届を出し、
希望楽器欄に「テナーサックス」と記入した時から、私のサックス人生が始まりました。
休日のテーマ曲はテイクファイブ
そこから遡ること10数年。
私の家では、休日になるとレコード音楽が流れており、なぜか1曲目は決まってポール・デスモンドの名曲「テイクファイブ」でした。(演奏者と曲名はのちに知る)
私は既にピアノを習わせてもらっていたので、冒頭の楽器はピアノの音色だとすぐにわかっていたのですが、そのあと登場するあの美しくカッコいい旋律は何という楽器なのだろうと思っていました。
チェッカーズの登場
すぐに聞けば良いのに、なんとなく月日が経ち、次に私の心をとらえたのはチェッカーズの登場でした。
7人グループのバンドの中で、センターで歌うフミヤにももちろん憧れましたが、その横で吹いている金色の楽器から出る音ったら!
カッコいい!!
楽器も音色も!!
チェッカーズのことはトータルして大好きで、毎日レコードを聴いているうちに、段々と私もあの金色の楽器を吹けるようになりたい!と思うようになりました。
そして、ある時「テナーサックス ナオユキ!」とメンバー紹介をしているのを聞いたとき、金色のカッコいい楽器=テナーサックスなのだ!と知るわけです。
テナーサックスがクラリネットに
吹いてみたいと憧れていた割には、心のどこかで「私にはピアノがあるし」と後回しになっていたようで、楽器名を知るまで時間がかかりました。
小学校4年生になると、部活動に参加できるようになりました。私はもちろん器楽部へ。
そこで私は希望の楽器欄に「テナーサックス」と記入したのです。
すると、「テナーはもう空いている楽器がないから、第2希望のクラリネットで良いかしら」と先生に言われました。
なぜ第2希望をクラリネットにしたのか…これは何となくです。
無いものは仕方ないので「はい」と答えました。
その後小学校を卒業するまでクラリネットを担当しました。
しかしです。
私は「テナーサックス」と記入しましたが、私は金色の楽器は“テナー”サックスとインプットしていたため、先生は「テナーは空いていない」という意味で言ったのかもしれないと後で思いました。
2度目の挑戦
中学校に入り、吹奏楽部へ入部。
今度は「サックス」と書けば良いことはわかっていました。
私の中学にはアルトとテナーしかありませんでしたし。
緊張しながら、希望楽器欄に第1希望を丁寧に書きました。
ところが、
人数に対して楽器が足りず、またしても「第2希望のクラリネットを…」ということに。
中学校で吹奏楽部に入ったらサックス吹きたい!
という夢はまたもや破れてしまいました。
ただ、クラリネットが嫌いというわけでもなく、吹奏楽が大好きで、ピアノも弾きたい曲は弾いていたのでNo Music No Lifeの3年間を過ごしました。
3度目のチャレンジをするのか?
では、次の望みをかけて市立柏高校を受験したのか!
流れからするとそう思われますよね?
…残念ながらそうではありません。
私は音楽が大好き、数学が大っ嫌い。
それもあり、音楽科のある学校を受験すると決めていました。
好きなことは頑張れる。
嫌いなことはやりたくない、とはっきりした性格です。
ピアノがもっと上手くなりたかったし、音楽大学にいってピアノを勉強して、先生になりたいと思っていました。
中学三年の夏に吹奏楽コンクールが終わり、クラリネットとはお別れ。
県内の音楽高校を目指して、都内へピアノのレッスンに通い、楽典等の受験勉強もしていましたが、なんと2学期半ばに、私には第一希望の学校への受験資格が無いということが判明してしまうのです。
隣接する市区町村でないと受験できない!
これには参ってしまいました。
もう高校なんて行かなくてもいいや。
本気でそう思っていました。
しばらくぼーっとした毎日を過ごしました。
そこへやってきたのが市立柏高校吹奏楽部!!
柏市立柏高校吹奏楽部との出会い
学校行事の音楽鑑賞教室で、イチカシが体育館に来たわけです。
そしてさらに、中学の吹奏楽部員は、一緒に演奏できるという企画まで!!
引退した3年生も参加できるとあって、私は久しぶりにテンションが上がりました。
イチカシといえば、私が東京から引っ越してきて何年かした夏の柏祭りで、ビッグバンド演奏をしていた学校!!
指揮者の石田先生が来た!
あの時の先生だ!
1曲だけ、イチカシのみなさんと一緒に演奏したのは、夏のコンクールで演奏した曲でした。
360度、自分の周りから伝わってくる音の厚み、息遣いを肌で感じて、やっと、ぼーっとした毎日から目が覚めた瞬間でした。
家に帰って久しぶりに学校であった出来事を話したような気がします。
だからといって、高校はもういいやという気持ちは変わりませんでしたが。
やっぱり高校生になろうと思った出来事
ところが数日経って、
担任の先生から
「市立柏高校に今度国際科というのが新設される。県内のどこからでも受験できる。英語を主に勉強するところだけどどうか」
英語は好きでした。
ですから、ちょっと良いなと思いました。
すると、「数学と理科は1年生までで終わる」と先生が続けました。
え!?
苦手な理数は1年間で良いの?
その分英語を様々な角度から学んだり、第二外国語として中国語を学ぶのです。
私の心はまず「数学が1年だけ」の言葉で一杯になりました。
それに高校3年間国際科にいたら、英語が喋れるようになるかもしれないと。
後日私は「国際科に行きます」と告げるのでした。
高校なんて行かなくていいやと言っていたので、これで親もほっとしたのではないでしょうか。
市立柏高校に入学そして入部
さて、柏市立柏高校国際科に入学し、英語をいっぱい勉強するぞ!
と思っていたわけですが、吹奏楽部の事も忘れてはいませんでした。
でもあんなに凄い演奏をするのだから、練習厳しそうだな…ピアノ弾く時間なくなっちゃうかも…
そんな風にふわふわした気持ちでいたところ、吹奏楽部の先輩の勧誘活動により、私も捕獲されてしまったのです。
正直、中学の3年間はピアノにウェイトを置いており、サックスへの思いも薄れ気味。
柏祭りのイチカシを思い出したのも受験を決めるつい数か月前。
高校では部活ではなく英語を頑張る気満々だったので、入部するか揺れました。
あっという間の仮入部期間を経て、希望楽器欄を書く時が来ました。
この時、私は敢えて「テナーサックス」と書きました。
テナーをやらせてもらえたら、最後まで頑張れそう。
そう思いました。
もしまた、クラリネットに…と言われたら、入部するのをやめようと思っていました。
しかしそのような心配は要りませんでした。
サックスを人前で初めて演奏!しかもソロ!
私はあっさりとサックスパートのテナー担当になりました。
少し信じられない気持ちでした。
でも、確かに楽器を与えてもらいました。
1年生の練習は、まず経験者と初心者に分けられました。
2,3年生の前で部内コンクールをするためです。
経験者はアンサンブルを、初心者はパートの先輩が選んでくれた曲を一人で演奏します。
経験者組はとても楽しそうに練習しているように見えました。
初心者組は私を入れて5,6人くらいだったと思います。
私はクラリネット経験があるので、完全なる管楽器初心者ではありませんでしたが、とにかく、クラリネットに比べると、楽器本体も一つ一つのキーも重くて、楽器に振り回されているような感じでした。
なかなか全部の音が出せないし、部内コンクールの日が迫ってくるし…
教えてくれる先輩に恥をかかせるわけにはいかないと、とにかく一生懸命練習しました。
部内のコンクールで演奏した曲が、私のサックス人生で最初の、人前で演奏した曲です。
「アニー・ローリー」
この曲を聴くと、いつもこの頃のことを思い出します。
サックスを知ってから、手にするまで、長くかかりましたが、イチカシ吹奏楽部でいよいよサックスライフがスタートしたのです。